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2021年12月27日 (月)

今年1年間『労働新聞』で12冊を書評

今年は1月から、『労働新聞』紙上で毎月1回、「Go to 書店」という書評コラムを書くことになりました。12冊の選び方に対してはいろいろとご意見のあるところかもしれませんが、わたくしとしては毎回楽しく書評させていただきました。

松永伸太朗 『アニメーターはどう働いているのか』

本書は令和2年度労働関係図書優秀賞を受賞した作品だ。著者には昨年12月、私の司会で労働政策フォーラム「アニメーターの職場から考えるフリーランサーの働き方」の基調講演とパネルディスカッションにも出演していただいた。

 昨年来のコロナ禍で、フリーランス対策は政府の大きな課題になりつつあり、その中で注目を集めているのが、本書のテーマであるアニメーターである。何しろ、いまや日本の国策となったクール・ジャパン戦略の中核に位置するのが、最も競争力のある輸出財ともいわれる日本のアニメだからだ。

 アニメーターといえば、一昨年にNHKの朝の連続テレビ小説「なつぞら」で、広瀬すずが演じた奥原なつを思い出す人も多いだろう。モデルとなった奥山玲子は、東映動画で共働き差別に抗議して労働争議を繰り広げていた。しかし、今や日本アニメを支えるアニメーターたちの大部分はフリーランスという就業形態であり、出来高制の下で極めて低賃金で働いていることが、近年問題提起されつつある。上記フォーラムではアニメーターの職業団体や労働組合の方々も登壇し、解決策を論じた。

 本書で松永さんが調査研究し、論じようとしているのは、もう少し根が深い問題だ。彼は、ややもするとアニメーターの低賃金労働を「やりがい搾取」と評したがる向きに疑問を呈する。アニメの作画スタジオX社に164時間もの職場観察調査を行い、マネージャーやアニメーター一人ひとりの微細な動きまで精密に観察し尽くすことにより、彼らの働き方を背後で支える「当事者の論理」を浮彫りにしていった。

 その手法は社会学におけるエスノメソドロジーというもので、労働研究の世界では目新しいものだが、働く人々の一挙手一投足をその心のひだに分け入るように分析していく手つきは、間違いなく物事の背後にある真実を探り当てるのにふさわしいやり方と感じさせる。

 アニメーターたちにフリーランスとしてスタジオに集まって働くという働き方を選択させているものは何か?松永さんは、仕事の獲得とスキル形成という課題の解決をX社が手厚く支援している点を指摘する。フリーランサーは仕事を獲得したり、自らのスキルを高める取組みを、自助努力で行う必要がある。とくにアニメ産業では、仕事の契約期間が短いためしばしば「手空き」と呼ばれる仕事のない期間が生じ、また若手の育成にかかわる余力を持ちにくい。

 ところがX社では、マネージャーがこまめにアニメーターの仕事の進捗状況などを把握し、「手空き」になりそうなアニメーターがいれば、彼に合った仕事の情報を提供し、また中堅・ベテランアニメーターが一定期間若手の育成にかかわる慣行がある。こうしてX社は、フリーランサーのリスクを吸収する仕組みを作り上げている。

 若い労働研究者の渾身の力作を、是非読んでいただきたい。

『日本人の働き方100年-定点観測者としての通信社-』

本書は1月16日から東京国際フォーラムで開催される予定だった写真展の図録である。「予定だった」というのは、1月8日に再び発令されたコロナ禍の緊急事態宣言の煽りを食らって延期されてしまったからだ。そのため、本来なら会場で販売されるはずだった本書は、今は寂しく書店の片隅に並んでいる。とはいえ、この図録は単独の写真本としても大変興味深いものになっている。いわば、写真で語る近代日本労働史とでもいうべきものになっているのだ。

 まず劈頭を飾るのが今からほぼ1世紀前の1920年、大日本労働総同盟友愛会が主催した日本最初のメーデーの写真だが、その後は横浜市電の総罷業、日本ゼネラルモータースの越年争議、鐘紡争議で募金活動する女性たち、東京市電の罷業本部で炊き出しする女性車掌たち、女工哀史で有名な東洋モスリン亀戸工場の争議、住友製鋼所の争議への差し入れ風景、事務所に立てこもって気勢を上げる山岡発動機工作所争議団――などと、どれもこれも闘う労働者の姿ばかりが映っている。

 いや雇用されている労働者だけではない。相撲の力士たちが待遇改善を求めて中華料理店に籠城しているかと思えば、浅草松竹座のレビューガールたちも待遇改善を求めて気勢を上げている。平成、令和のすっかり争議を忘れてしまった日本人に比べれば、戦前の日本人の方がはるかに闘争心をむき出しにしていたのだ。

 敗戦後も日本人は労働争議に明け暮れた。東宝争議の写真に写っているのは鎮圧にやってきた米軍の戦車である。「来なかったのは軍艦だけ」といわれたこの争議では、組合側で黒澤明監督や三船敏郎らが活躍したことでも知られている。デパートでも「三越にはストもございます」と48時間ストライキに突入した。しかし、郵便、国鉄といった公共サービスのストライキは、民間労働者の共感を呼ぶどころか反発を招き、やがてこれら公共部門の民営化の遠因ともなっていくことになる。

 平成時代の労使紛争の写真は、2013年の大相撲の八百長問題をめぐる蒼国来の解雇紛争と、2004年のプロ野球選手会によるストライキだけである。大相撲とプロ野球。労働をめぐる紛争は、いまや華やかなプロスポーツの世界でしか表舞台に現れなくなってしまったかの如きである。

 その代わりにデモの写真はいっぱいある。しかし、デモは所詮デモに過ぎない。ストライキが会社と斬り合う真剣勝負であるとすれば、デモは広く世間一般に訴えかけているだけだ。そして、戦前や戦後のデモの写真が、メーデーにおける労働者の団結を誇示するデモンストレーションであったのに対し、近年のデモの写真は、労働時間規制や派遣切りといった労働政策テーマに対するマイノリティーグループのアドボカシー活動以上のものではない。そのプラカードに「原発反対」とか「海外派兵反対」とかあっても何の違和感もないだろう。それがたまたま労働運動を名乗っていたとしても、いかなる意味でも労働争議と呼ぶことはできない。

カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史』

 2013年9月、オックスフォード大学のフレイとオズボーンは、アメリカでは今後労働力人口の47%が機械に代替されるという論文「雇用の未来」を発表し、世界中で話題を呼んだ。日本でも2017年に野村総研がJILPTの職業データを用いて、労働力人口の49%が自動化のリスクにさらされていると発表したことを覚えている人もいるだろう。近年、AIをはじめとする情報通信技術の急速な発展により雇用の行方がどうなるのか、多くの人々が熱心に論じているが、そのゴングを鳴らしたのがこの論文であった。

 その執筆者の一人であるカール・B・フレイが満を持して、技術革新と雇用の関係を歴史叙述として壮大に描き出したのが、邦訳で600頁を遥かに超える分厚い本書だ。話は産業革命前の幸福な「大停滞」の時代から始まり、18~19世紀の産業革命で生産性が急上昇し、同時にそれまでの職人たちが機械に仕事を奪われ労働者階級が悲惨な状況に陥った「大分岐」の時代を描き出したのち、20世紀の大量生産体制が確立し、労働者が豊かになり中産階級化した「大平等」の時代を経て、20世紀末からの「大反転」の時代に至る。

 この労働者階級の浮き沈みの歴史は、たとえばトマ・ピケティの『21世紀の資本』では、本来「資本収益率>経済成長率」ゆえに格差が拡大するのであり、20世紀は戦争と革命のお陰でそれが逆転しただけだとの説明になるのだが、フレイはこれを各時代の技術革新の性質によって説明する。「大分岐」の時代の新技術は「労働代替的」であった。つまり、新たな機械によってそれまでの熟練職人たちは仕事を追われ、無技能の女子供が雇用されたために、労働者階級は貧困に陥ったのだ。エンゲルスが『イギリスにおける労働者階級の状態』において怒りとともに描き出した世界である。ところが20世紀の自動車産業に典型的な大量生産体制における技術は「労働補完的」であった。つまり、成人男性の半熟練労働者が経済成長とともに拡大し、社会全体の所得分配も平等化したのだ。労働組合は自動化による生産性向上に協力し、その代わりに大幅賃上げを勝ち取った。マルクスの予言は嘲笑の対象となった。

 それが20世紀末から、コンピュータの登場とともに再び「労働代替的」な技術革新に反転した、というのがフレイの見立てである。この数十年間進んできたのは、かつて中産階級であったブルーカラーや事務職の没落であり、増えているのは上層の「シンボリック・アナリスト」と下層の対人サービス業なのだ。トランプ現象をはじめとするポピュリズムはそれに対する怒りの(ねじけた)噴出であろう。

 非常に長期的にみれば、現在の労働代替的技術による第2の大分岐の時代もやがて反転し、再び労働補完的な技術による第2の大平等の時代がやってくるのかもしれない。だがそれが何世代か先のことであるならば、今現在仕事を奪われつつある人々にとっては何の慰めにもならない。ケインズ曰く、「人は長期的にはみな死んでいる」のだから。

デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ-クソどうでもいい仕事の理論』

コロナ禍さなかの2020年7月に刊行され、その直後の9月に著者が急逝したこともあり、かなり評判を呼んだ本である。そこで列挙されている取り巻き(flunkies)、脅し屋(goons)、尻ぬぐい(duct tapers)、書類穴埋め人(box tickers)、タスクマスター(taskmasters)というブルシット・ジョブの5類型をみて、そうだそうだ、こいつらみんなクソだと、心中快哉を叫んだ人も少なくないだろう。とはいえ、すべてのブーメランは自分のもとに戻ってくる。

 「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」というその定義は、従事者本人がブルシットだと感じているという主観的要件にのみ立脚しているわけだが、この分厚い本におけるその立証はもっぱら、彼のもとに届けられた共感のお手紙に基づいている。

 グレーバーが目の仇にする“なんとかコンサルタント”の多くが、自分の仕事をブルシットだと思っているかどうかは定かでないし、おそらくご立派な仕事だと思っているだろう。グレーバー自身の文化人類学者という仕事と同様に。そして文化人類学者の中には、自分の仕事がいかにブルシットかを切々と訴える手紙を書いている人もいるかも知れない。グレーバー宛にではないにせよ。

 ブルシット・ジョブの対極に位置付けられる低賃金で労働条件も劣悪だが社会に有益な「シット・ジョブ(きつい仕事)」は、様ざまなケア労働、いわゆるエッセンシャルワークを意味する。彼にいわせれば、「人のためになる仕事ほど、賃金が下がる」のだ。改めて脚光を浴びたそれらの仕事が貴重なのは論を俟たないが、コロナ禍を経験した我われは、エッセンシャルでない不要不急の仕事はブルシットなのか? という問いにたじろがざるを得ない。むしろ、我われの多くがいかに不要不急の仕事で生計を立てているのかを思い知らされたのが昨年の経験ではなかったか。自分の狭い経験から人様の仕事の値打ちを裁断することにかくも大胆不敵であり得ることに、いささか驚かざるを得ない。

 という本格的な批判はいくらでも出てくるのだが、ここではややトリビアな話題を。近年流行の「ジョブ型」論でいえば、ブルシット・ジョブといえどもジョブ型社会の「ジョブ」なので、ジョブ・ディスクリプションが必要なのだ。本書88ページ以下には、中身のない仕事の職務記述書をもっともらしくでっち上げるという究極のブルシット・ジョブが描写されている。日本にも山のようにブルシットな作業やら職場やらがあるのだろうが、ただ一つ絶対に存在しないのは、ブルシット・ジョブのジョブ・ディスクリプションを事細かに作成するというブルシットな作業であろう。

 なぜなら、日本ではそんなめんどくさい手続きなど一切なしに、もっともらしい肩書き一つで「働かないおじさん」がいくらでも作れてしまうのだから。もっとも、それが良いことなのか悪いことなのかの評価はまた別の話ではある。

十川陽一『人事の古代史』

人事といっても古代日本、律令制を導入して左大臣だの中納言だのとやっていた時代の人事の本だ。ところがこれがめっぽう面白い。歴史書としてもそうだが、人事労務管理の観点からも大変興味深いのだ。

 律令制以前の日本はウジ社会。要するに豪族たちの血縁原理でもって世の中が動いていたわけだが、諸般の事情で中国化せねばならなくなり、身の丈に合わない律令制というやたらに細かな法制度を導入することになった、というのは読者諸氏が高校日本史で勉強したとおり。

 ところがその人事制度をみていくと、本家の中華帝国とは一味違う仕組みになっているのだ。日本の律令制では、官人にまず位階を付与する。正一位から少初位下までの30段階のあれだ。これとは別に官職というのがある。大納言とか治部少輔とか出羽守とかのあれだ。そして、これくらいの位階ならこれくらいの官職というのが大体決まっている。大納言は正三位、治部少輔や出羽守は従五位という具合だ。ところが元になった唐の律令制ではそういう風になっていない。吏部尚書は正三品、御史大夫は従三品とかいっても、それは官職のランクにすぎない。ヒトについたランクではない。逆にいえば、日本ではまず人にランクを付けて、それからおもむろに官職を当てはめるのだ。

 あれ? どこかで聞いたような話だと思わないだろうか。そう、古代日本の律令制は職能資格制であるのに対して、中国の律令制は(そういいたければ)ジョブ型なのだ。その結果何が起こるか。位階はあってもはめ込むべき官職のないあぶれ者が発生する。これを「散位(さんに)」と呼ぶ。仕事がないので散位寮に出仕させるのだが、六位以下では無給になる。正確にいうと、五位以上には位封など身分給があるが、六位以下は職務給だけなので、散位だと収入がなくなる。

 そこで、写経所でアルバイトをする。博物館に展示してあるあれだ。写経所は令外の官司(律令外の公的機関)であり、ある意味あぶれた官人のための公共事業という側面もあったようだ。これが出来高払いで、誤字脱字があると減給される。日本の課長になれない参事二級が「働かないおじさん」をやっても基本給はもらえるのに比べると、なかなか厳しい世界だ。

 ちなみに、ジョブ型の中国では、「散位」はないが「散官」がある。中身のない官職なのだが、開府儀同三司とか驃騎大将軍とかやたらに偉そうな名前が付いている。思い出すのは前回紹介した『ブルシット・ジョブ』に出てきたブルシット・ジョブのジョブ・ディスクリプションを延々と作る人の話だ。

 時は流れ、イエ社会が諸般の事情で近代化せねばならなくなってからも、似たようなことが起こっているのは御承知のとおり。まずヒトにランクを付けるというやり方は千年以上経っても変わらないようだ。「雇用問題は先祖返り」とは、数年前に『HRmics』誌に連載したときのタイトルだが、千数百年前のデジャビュを演じていたとは流石に知らなかった。

ウォルター・シャイデル『暴力と不平等の人類史』

2006年末、朝日新聞社の雑誌『論座』2007年1月号に大きな議論を巻き起こした論文が載った。赤木智弘の「『丸山真男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は戦争」だ。曰く「平和が続けば、このような不平等が一生続くのだ。そうした閉塞状態を打破し、流動性を生み出してくれるかも知れない何か―。その可能性の一つが、戦争である」、「戦争は悲惨だ。しかし、その悲惨さは『持つものが何かを失う』から悲惨なのであって『何も持っていない』私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる」。

 これに対し左派文化人は、戦争がいかに悲惨かを説くばかりで、赤木の主張の本丸に正面から向かい合おうとするものはなかった。少なくとも同年11月に刊行された著書『若者を見殺しにする国』(双風舎)で赤木はそう慨嘆していた。その赤木の提起に正面から答える大著が、2019年6月に刊行された本書である。原題は「The Great Leveler」。レヴェラーとは近世イギリスの急進的平等主義者のことだ。700頁を超える本書は古今東西の史実を縦横に引用しながら、人類史において平等をもたらしてきたのは、戦争、革命、崩壊、疫病という「平等化の四騎士」であったことを論証する。

 そのトップバッターとして登場するのは日本だ。戦前、欧米諸国よりも所得分配が不平等だった極東の国が、国家総力戦体制の下で急激に平等化していった姿を克明に描き出す。1938年から1945年の7年間で、上位1%の所得シェアは19.9%から6.4%に下落している。その経緯の一端は、私も『日本の労働法政策』において「社会主義の時代」と呼んで論じた。日本では確かに戦争と戦後の混乱が平等をもたらし、平和はじわじわと不平等を招き入れてきたのである。それは他の多くの諸国でも同様であった。

 この歴史像はトマ・ピケティの『21世紀の資本』における「資本収益率>経済成長率ゆえに格差が拡大するのであり、20世紀は戦争と革命のおかげでそれが逆転しただけ」という主張とも響き合う。戦場の死屍累々に匹敵する平等化の旗手(レヴェラー)は、ソ連や中国のような革命という名の自国民への大虐殺だったというのも、さらに一層陰鬱な歴史像であろう。四騎士に代わる平和的平等化の企てをことごとく吟味した著者は、「暴力的衝撃と全く無関係に物質的不平等が少なからず軽減したという論理的かつ確実な裏付けのある事例を見つけるのは難しい」と結論付ける。

 著者は四騎士は馬から下りたという。そして正気の人間なら彼らの復帰を決して望まないだろうと。おおむね正しいが、一点だけ彼の予言は外れた。コロナ禍直前に刊行された本書は「疫病による大量死の可能性は低い」と述べていたが、今や世界中でコロナ死者は300万人を超えている。しかし過去1年余りの経験は、感染のリスクに身をさらす弱者を痛めつけ、リスクから身を引き離せる強者を守り、世界中で格差が拡大しつつあることを示している。疫病という第四の騎士はレヴェラーから用心棒に転身したのであろうか。

エリック・ポズナー&グレン・ワイル『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』(

世間の一次元的な思想測定器では、左右のどこに位置付けたら良いのか頭を抱えるだろう一冊だ。ある面では本書はすべてを市場メカニズムに委ねるべきと主張する過激な市場原理主義の書である。しかし、ある面では私有財産を悪しき独占とみなし、それを共有化しようとする最も過激な平等主義の書でもある。絶対に混じり合いそうもない両者を一体化させているのがオークションという秘伝の妙薬なのだ。その結果、どこからみてもラディカルな主張が生み出される。

 本書の第1章のタイトルは「財産は独占である」という過激なスローガンである。ならばその独占を打破するためにどうしようというのか。彼らの処方箋は、世の中のすべての財産を共有化して、使用権をオークションに掛けるというものだ。具体的には、自分の財産評価を自己申告制にして税金を支払い、より高い財産評価をする人が現れたらその人に所有権が移転する。これは実はかつて孫文がヘンリー・ジョージの影響を受けて三民主義のなかで唱えたものなのだが、市場メカニズムの基底をなしている私有財産権自体をオークションという市場メカニズムによって突き崩してしまうというあっと驚くアイデアである。

 そのほかにも、1人1票の代わりに、投票しないで貯めておいた票をここぞという大事なときにまとめて投票できる二次投票システムとか、左右どっちからみても過激な、言葉の正確な意味でラディカルな提案が並ぶ。

 そのなかでも、労働の観点から興味をそそられるのは第3章の「移民労働力の市場を創造する」だ。ここで提唱されるのは、移民のビザをオークションに掛け、政府ではなく個人と共同体が移民の受入れを判断する仕組みである。これにより、「自国民と移民が個人的にコンタクトし、移住を成功させる責任は自国民が負」い、両者間に「建設的な関係が築かれる」だろうというのだ。

 第5章の「労働としてのデータ」では、今はやりのAI議論に一石を投ずる。現在グーグルやフェイスブックなどの巨大IT企業は、利用者からタダで得た膨大なデータ(ビッグデータ)を使い、人工知能の機械学習によって作成されたサービスによって巨万の富を得ている。これはかつてマルクスが描いた搾取の構図そのものではないか。この不払い労働の正当な対価を取り返すために、「万国のデータ労働者が団結」し、テクノロジー封建主義を打倒せよと著者らはいう。

 データ労働組合がデータに対する報酬を引き上げることを主張して多数を結集し、フェイスブックやグーグルにストライキを決行すると通告する。データ労働者はサービスの消費者でもあるので、ストライキはボイコットでもあるのだ。

 「ラディカル」という言葉には、「過激な、急進的な」という意味と、「根本的な、徹底的な」という意味がある。本書結論のタイトルどおり、まさに「問題を根底まで突き詰め」た結果としての過激・急進的な提案の数々は、我われの脳みそを引っ掻き回すのに十分な素材であろう。

ヤン・ド・フリース『勤勉革命』

「勤勉革命(Industrious Revolution)」といえば、日本の速水融が資本集約的なイギリスの「産業革命(Industrial Revolution)」に対して、江戸時代の労働集約的な経済発展を指す言葉として提唱したものだが、本書でいう勤勉革命はだいぶ趣が異なる。

 その性格付けはむしろ、最後の第6章で論じられる近年の第二次勤勉革命に近い。それは、妻や子供などが外で働いて稼ぐようになり(複数稼得世帯化)、稼いだ金で衣服や音楽を購入し、自宅で食事を作るよりも外食が増えるといった事態を指す。これに先立つ時期は、第5章のタイトルのとおり、大黒柱と内助の功(Breadwinner Homemaker Household)の時代であったわけだが、そういう男性稼ぎ手モデル確立以前の社会のありようを、今日の第二次勤勉革命のイメージを逆照射する形で描き出したのが本書である。

 なので、「勤勉」革命という標題は読者をまごつかせる。一世帯からの総労働時間数が増えることを指して「勤勉」といっているのだが、その主たる動機は消費なのだ。懐中時計、蒸留酒、コーヒー、白パン、陶磁器など様ざまな魅力的な商品を手に入れたい、そのためにもっと稼ぎたい、という欲望に牽引されて、妻や子供たちも外で働くようになったというのだ。男性稼ぎ手モデル時代の経済理論である低所得多就業のように、貧困ゆえに家族まで働きに出ざるを得なかったというわけではないという逆転の理論である。

 そのモデルは長い18世紀のオランダである。イギリス産業革命に先立つ時期に、オランダでは消費主導の勤勉革命が進行していたというのは、これまでの経済史観をひっくり返すものだ。消費という目的を達成するために、より多くのモノやサービスを市場から調達するようになり、市場向けの労働、とりわけ女性の子供の労働が拡大していったというのだ。著者はこれまでの通説である抑圧された労働者、栄養失調の労働者といったモデルを実証的に批判する。

 やがて19世紀半ば以降、工場立法によって妻や子供たちが労働から隔離され、男性稼ぎ手モデルが確立していくが、その背景にあるのも「消費願望の方向性の転換 購買不可能性」だったという。かつては悲惨な女子年少労働者の保護として(左右両派から)称賛され、近年は家父長制的な女子年少者の労働市場からの排除として(フェミニストから)批判されたこの動きを、市場で購入可能な財をより快適に消費するための世帯内行動パターンと捉えるのだ。

 こうして冒頭述べた第二次勤勉革命の時代に辿り着く。今日、かつての長い18世紀と同様、妻や子供たちが再び外で雇われて働くようになった。その原動力も新たな個人消費への欲求であった。家で食事を作るよりもレストランで外食をし、家で衣服を作るよりもファッショナブルな既製服を購入する。音楽や演劇などエンターテインメントにもお金が掛かる。そのためにも、妻や子供たちはますます長く働き、たくさん稼がなければならない。消費主導の勤勉革命再び、である。

ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』

今日、私たちはグーグル、アップル、アマゾンなどのプラットフォームを使うことなく、1日たりとも過ごすことはできなくなっている。これらはとても便利だ。だが、私たちがこれらを使うたびに、その情報が蓄積され、加工され、利用されている。

 これらの側からみれば、私たちは便利さという餌に引き寄せられてきた原材料に過ぎない。検索したり、確認したり、購入したり、というクリック行動から抽出された「行動余剰」が、これらの営利の元になる。生産過程における剰余価値の搾取に産業資本主義の本質を見出したマルクスに対し、ズボフは21世紀にGAFAが作り出した新たな資本主義の本質をこの「行動余剰」の搾取に求める。

 ここで思い出すのが7月12日号で紹介したポズナー&ワイル『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』だ。利用者からタダで得た膨大なデータを使い、AIの機械学習で作成されたサービスによって巨万の富を得ている巨大IT企業に対し、不払い労働の正当な対価を取り返すために「万国のデータ労働者は団結せよ」と論じていた。しかし、問題はデータ労働の不払い価値だけではない。そのデータが秘かに私たちに不利益に使われる恐れがあるのだ。

 日本の新卒就職市場という狭い範囲ながら、そのリスクを露わにしたのが一昨年のリクナビ事件であった。学生たちは便利さに引き寄せられて、というよりも、リクナビやマイナビを使わずに就職活動ができないような状況下で、そのクリック行動から推計された辞退可能性を秘かに求人企業に売り渡されていたのである。渡したつもりのない自分に関するデータが作り出され、商品化されている。これまでの個人情報やプライバシーの議論の想定外のほの暗い領域が垣間見えた一瞬であった。

 邦題の「監視資本主義」からは、常にビッグブラザーの監視の目が光っている『1984年』風の全体主義国家を想像するかもしれない。しかし、両者は対極的だ。暴力装置による恐怖支配ではなく、計測と予測に基づき行動修正(behavioral modification)が誘導される。「監視(surveillance)」しているのは全体主義的独裁者(ビッグブラザー)ではなく、道具主義的管理者(ビッグアザー)というわけだ。

 これに限らず、ズボフの用語法は鮮やかなものが多い。分業(division of labor)に対して知の分割(division of learning)とか、ポランニーの土地、労働、貨幣に続く第4の疑似商品たる「人間の経験(human experience)」とか、クーデター(国家の転覆)ならぬクーデ・ジャン(人々の転覆)とか。

 本書にもインスパイアされて、EUを先頭に世界的な動きとしてプラットフォーム規制やAI規制の声が高まりつつあり、労働法政策の観点からも無視し得なくなりつつある(その一端は筆者もJILPTのホームページなどで紹介している)。その思想的根拠を考えるうえでも、本書は必読の書だ。700ページを超す分厚さと、税込み6160円という高価さが唯一の欠点だが。

広田照幸『陸軍将校の教育社会史』

1997年に刊行された学術書の24年ぶりの文庫版である。しかし、今読んでもワクワクするほど面白い。

 著者の広田照幸は教育社会学者で、その関心は軍人さんの「滅私奉公」イデオロギーは本気だったのか? を確認することにある。とはいえ、いやいや本音は「立身出世」主義だったんだよという結論を導き出すために次々に繰り出される、様ざまな歴史資料のディテールのあれこれがたまらなく面白いのだ。それは、著者の問題関心からは少しずれるかも知れないが、いわば「陸軍将校のキャリアデザイン史」としての面白さである。

 将校の地位が約束された陸軍士官学校、幼年学校は、いうまでもなく戦前期日本のエリートコースの一つだった。しかし、旧制高校→帝国大学というエリートコースと比べると、少し違いがあった。それは「大学を出るには少なくとも一万円は用意しなければなるまい。専門学校でも三千や五千の金はかゝる筈である。(中略)現在家貧にして身を立てる方面と言へば軍部方面、商船方面、教育界以外にはない。陸海軍ならば、いかに貧しくても家系が正しくて人間が良ければ思ふまゝに活躍できる」と当時の受験案内書にあるように、より低い社会階層の若者の上昇ルートであったという点だ。貴族や富豪が軍人になった欧州諸国と違うところである。

 将校という組織幹部の調達方式として、明治初期には下士官から将校への昇進という道があった。彼ら下士官上がりの将校は、尉官で終わっても嬉しいだけで文句はない。

 ところが1880年代以降はその道はほぼ閉ざされ、士官学校卒業生が初めから将校になるのが当たり前のコースになる。彼らにとって出世できずに尉官で終わるというのは面白くない。しかも軍人はかなり早期退職で、予備役になると元々資産がないものだから恩給だけでは生活が苦しくなる。ヨーロッパ各国の軍隊の将校は貴族や富豪が多いので、尉官で辞めても資産があるし、議員や重役になれるが、学力試験のみで選抜してきた資産なき日本の将校は辞めたら惨めなのだ。

 近代化の先生のはずのヨーロッパよりももっと近代的な人材選抜方式を採用したことが、彼らに現役としての地位にしがみつくことを強制する。これこそ軍国主義イデオロギーの形而下的実体である。広田は「これまで封建的後進性と批判されてきた軍隊組織の諸問題は、実は経済的基盤を欠いた将校の保身という観点から理解されるべき」と喝破する。

 そうした彼らが、軍縮と称して軍人のクビを切りたがる文官・文民エリートに敵意を持つのは当然だろう。そして彼らにとっての干天の慈雨が満州事変であったのもよく理解できる。

 昇進が停滞し、俸給水準が相対的に低下し、早期退職を迫られたら生活難に直面していた軍人たちは、満州事変から日中戦争、大東亜戦争と戦線が拡大するなかで、「天皇への献身」「聖戦」の名の下で野心を実現する機会を与えられたのだ。評者は本書を読んで、「日本版メリトクラシー(実力主義・能力主義)の興亡」と名付けたい衝動に駆られる。

柯隆『「ネオ・チャイナリスク」研究』

最近、「中国の動向がやばい」と感じる事件が多発している。香港、ウイグル、チベット、モンゴルといった民族弾圧問題は以前からだが、これまで中国経済を牽引してきた先端産業の経営者に対して弾圧とも取れる政策が矢継ぎ早に取られ、文革を礼賛するかの如き評論が掲載されるなど、中国はこれからどうなるんだろうと感じている人は多い。書店に行けば中国関連書籍は棚に溢れているが、その大部分はハイテク中国は凄いぞと煽るか、独裁中国は酷いぞと叫ぶかで、冷静に今日の中国の姿を論じたものは多くない。

 その中で、今年5月に出た本書は、日本の民間シンクタンクで30年以上中国経済の分析に携わってきた中国人による、中国人として育った実体験の吐露と経済研究者としての客観的な分析がほど良く混じり合って、極めて納得的な記述に仕上がっている。

 中華人民共和国の歴史は毛沢東の時代、鄧小平とその弟子の時代、習近平の時代に分けられる。大躍進と文革で数千万人が殺された毛沢東の時代に対し、改革・開放でGDPが100倍になった鄧小平らの時代は、しかし政治改革は断固拒否し、共産党独裁の下で腐敗と貧富の格差が拡大した。そして今日の「中国の特色ある習近平新時代」は、毛沢東の時代に逆戻りしつつあると著者は言い、その原因を習政権の紅衛兵世代としてのDNAに求める。

 …元紅衛兵たちは今、だいたい60代である。習政権執行部のほとんどは元紅衛兵である。彼らはそれまでの世代と比較して権力を人一倍崇拝する傾向が強い。結論をいえば、元紅衛兵出身の指導部が国家運営を主導している間は、中国社会が民主化する見込みはほとんどないと思われる。元紅衛兵たちは毛時代に憧れ、社会と知識人に対する統制を強めようとする傾向にあるからだ。…

 その結果、40年前に鄧小平らが始めた改革・開放、経済自由化路線に対しても、共産党指導体制を揺るがしかねないとの猜疑心から、経済統制を強化しようとしているのだという。アメリカのGAFAに対抗する中国のプラットフォーマー「BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」は民営企業だが、これらが共産党直属の国営企業の分野にまで拡大しようとしてきたのを叩くため、独占禁止法違反と称して罰金を科された。

 その先にあるのは何か。著者は「国家資本主義から国家社会主義へ」舵が切られ、中国経済は成長が急速に鈍化する可能性が高いという。

 …中国社会において、これまでの40年間の経済成長の果実の一部が貯蓄として残っているため、当面は成長が少々鈍化しても、恐慌に陥ることはなかろう。しかし、改革・開放のレガシーが食い尽くされれば、1970年代の毛沢東時代末期のような状態の中国が再来する可能性は小さくない。…

 本書は中国共産党指導部に対しては極めて厳しい批判を投げかけるが、その底には(中共版ではない)真の愛国心がみなぎっており、祖国が再び衰退の道を辿ろうとしていることに対する憂国の思いが溢れている。

張博樹『新全体主義の思想史』

先月の本欄では、柯隆『「ネオ・チャイナリスク」研究』を取り上げた。最近のますます全体主義化する中国の姿を捉えるには、経済面だけでなく思想面からのアプローチも必要だろう。

 著者の張博樹は、中国社会科学研究院を解雇され、現在コロンビア大学で現代中国を講じている言葉の正確な意味でのリベラル派中国知識人だが、そのリベラル派から新左派、毛左派、紅二代、ネオナショナリズムに至るまで、現代中国の九大思潮を、時にはそのインチキなロジックを赤裸々に分析しながら描き出した大著である。

 著者を含むリベラル派については、訳者の石井知章、及川淳子らによる紹介がかなりされてきているし、妙にポストモダンめいたレトリックを駆使して中国共産党政権を必死に擁護する汪暉ら新左派についても、なぜか日本のポストモダン派にファンが多いようで、やはり結構翻訳されている(そのお筆先みたいな研究者もいるようだ)。しかし、それ以外の種々様々な思想ないし思想まがいについては、これだけ包括的に描き出したものはほかに見当たらない。そして、本書に描かれた、時に精緻めかした、時にやたらに粗雑な「左派」という名のロジックの数々を読み進んでいくと、何だか似たようなロジックを日本語でも読んだ記憶があるなという感想が浮かんでくる。

 それは、意外に思われるかもしれないが、『正論』、『WILL』、『hanada』などのいわゆる右翼系オピニオン雑誌によく出てくるあれこれの論説とよく似ていて、「そうか、中国の左翼というのは日本の右翼の鏡像みたいなものなんだな」ということがよく分かる。もちろん、それは不思議ではなく、普遍的な近代的価値観を欧米の文化侵略として目の仇にし、「万邦無比の我が国体」をひたすら褒め称えるという点では、日本の右翼と中国の左翼は全く同型的であって、ただどちらもそれがストレートに表出するのではなく、それぞれにねじれているのだ。

 日本の右翼は、本音ではアメリカ占領軍に押し付けられた憲法をはじめとする近代的価値観が大嫌いだが、(本当はそっくりな)中国共産党と対決するために、アメリカの子分になって、アメリカ的価値観に従っているようなふりをしなければならない。自由と民主主義のために共産主義と闘うといっているうちは良いが、ことが国内の個人の自由にかかわってくるとそのズレが露呈する。

 一方、中国の左翼は、本音は中華ナショナリズム全開で、欧米の思想なんて大嫌いなのだが、肝心の中国共産党が欧米由来のマルクス主義をご本尊として崇め奉っていることになっているので、論理めちゃくちゃなマルクス神学のお経みたいな議論をやらざるを得なくなる。

 それにしても、本書に出てくる張宏良の「中国の夢は三大復興であり、それは中華民族の偉大な復興、社会主義の偉大な復興、東方文化の偉大な復興」だという言葉は、我が大日本帝国において戦時中一世を風靡した「近代の超克」論を彷彿とさせる。現代中国の今の気分は中華版大東亜共栄圏なのかもしれない。

<来年も1月17日号から寄稿します。

新年1回目はブランコ・ミラノヴィッチの『資本主義だけ残った』です。

 

EUのプラットフォーム労働指令案@『労基旬報』2022年1月5日号

『労基旬報』2022年1月5日号に「22年新春特別寄稿」ということで、「EUのプラットフォーム労働指令案」を寄稿しました。

 数年前から世界中で労働問題の大きな焦点となり、昨年来のコロナ禍で日本でも注目されるようになってきたプラットフォーム労働について、EUは昨年初めからその立法化に向けた動きを加速化させてきました。本紙でも昨年3月25日号で「EUのプラットフォーム労働における労働条件に関する労使への第1次協議」を解説し、9月25日号では「EU諸国におけるプラットフォーム労働政策」を概観したところです。昨年12月9日にはいよいよ欧州委員会から「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令案」が提案され、立法への最終段階に入りつつあります。そこで今回は、本紙新年号向けにその世界的に注目されているプラットフォーム指令案の内容を詳しく見ていきたいと思います。
  第1条は趣旨と適用範囲を記述しています。本指令の目的はプラットフォーム労働者の労働条件を改善することですが、それを主に雇用上の地位(employment status)の正しい決定を確保することと、アルゴリズム管理の透明性、公正性及び説明責任を促進することによって達成しようとするところに特徴があります。前者はいわゆる労働者性の問題ですが、これが本指令第2章(第3条~第5条)で規定されます。後者は昨年提案されたAI規則案とも重なる問題意識ですが、プラットフォーム労働に特に顕著に現れるアルゴリズム管理について第3章(第6条~第10条)で規定されます。これに加えて、プラットフォーム労働の透明性(第4章)、救済と執行(第5章)に関する規定も盛り込まれています。
 適用対象は「その事業所の場所や適用法の如何を問わず、EU域内において遂行されるプラットフォーム労働を編成するデジタル労働プラットフォーム」です。つまり、アメリカのプラットフォーム企業でもEU域内のプラットフォーム労働者を使っていれば適用されるのです。
 第2条は用語の定義です。まず「デジタルプラットフォーム」とは、①ウェブサイトまたはモバイルアプリなどの電子的手段を通じた遠距離で、②サービス受領者の依頼に基づき、③必要不可欠の要素として、オンラインであれ特定の場所であれ、個人によって労働が遂行される、という要件を充たす商業的サービスを提供する自然人又は法人をいいます。「プラットフォーム労働」とは、デジタル労働プラットフォームを通じて編成され、デジタル労働プラットフォームと個人との間の契約関係に基づきEU域内で個人によって遂行される全ての労働を意味し、当該個人とサービス受領者の間に契約関係が存するか否かに関わりません。「プラットフォーム労働遂行者」とは、プラットフォーム労働を遂行する全ての個人を意味し、当該個人とデジタル労働プラットフォームとの間の関係の契約如何に関わりません。これに対し、「プラットフォーム労働者」とは、雇用契約を有するプラットフォーム労働遂行者です。定義上はそうですが、ここが第2章における主戦場になります。
・雇用上の地位の法的推定と反証可能性
 本指令案の最も注目を集める部分である第2章(雇用上の地位)について逐条的にみていきましょう。まず第3条(雇用上の地位の正しい決定)は、加盟国がプラットフォーム労働遂行者の雇用上の地位の正しい決定を確保する適切な手続きを有し、彼らが労働者に適用されるEU法上の諸権利を享受しうるようにすべきこと、雇用関係の存否の決定に当たっては、まずなによりもプラットフォーム労働の編成におけるアルゴリズムの利用を考慮に入れて、実際の労働の遂行に関する事実によるべきであり、その関係が当事者間でいかなる契約に分類されているかには関わらず、事実に基づき雇用関係の存在が確認されれば使用者責任を負うべき当事者が国内法制度に従って明確に措定されるべきことを述べています。これはまだ一般論を述べているだけで、本指令の本丸ではありません。
 次の第4条(法的推定)が本丸です。同条第2項に該当するような労働の遂行をコントロールするデジタル労働プラットフォームとプラットフォームを通じて労働を遂行する者との間の契約関係は、雇用関係であると法的に推定されます。この法的推定はあらゆる行政及び司法手続に適用されます。権限ある当局は、この推定に依拠しうるべき関係法令の遵守と執行を確認しなければなりません。
 その要件として同条第2項は5つの項目を挙げ、この5要件のうち少なくとも2つが充たされていれば、プラットフォーム労働遂行者については雇用関係であるとの法的推定がされるという法的構成となっているのです。
①報酬の水準を有効に決定し、又はその上限を設定していること、
②プラットフォーム労働遂行者に対し、出席、サービス受領者に対する行為又は労働の遂行に関して、特定の拘束力ある規則を尊重するよう要求すること、
③電子的手段を用いることも含め、労働の遂行を監督し、又は労働の結果の質を確認すること、
④制裁を通じても含め、労働を編成する自由、とりわけ労働時間や休業期間を決定したり、課業を受諾するか拒否するか、再受託者や代替者を使うかといった裁量の余地を有効に制限していること、
⑤顧客基盤を構築したり、第三者のために労働を遂行したりする可能性を、有効に制限していること。
 これらはいずれも、プラットフォーム労働の特徴として指摘されることですが、これら全てではなく、5つのうち2つが充たされれば雇用関係であると推定するというのは、かなり緩やかな要件であるといえます。
 同条第3項は加盟国に対して、この法的推定の有効な実施を確保する措置として、具体的に次の措置をとるべしとしています。
①法的推定の適用に関する情報が明確、包括的かつ容易にアクセスしうるやり方で一般に入手可能にすること、
②デジタル労働プラットフォーム、プラットフォーム労働遂行者及び労使団体がこの法的推定(後述の反証手続も含め)を理解し、実施するためのガイダンスを策定すること、
③遵守しないデジタル労働プラットフォームを積極的に追及する施行当局向けのガイダンスを策定すること、
④労働監督機関や労働法の施行に責任を有する機関による実地監督を強化するとともに、当該監督が比例的かつ非差別的であるようにすること。
 このように、プラットフォーム労働に対してはかなり包括的に雇用関係であるとの法的推定がまずなされるのですが、推定は「みなし」ではないので、当然事実を挙げて反証する(rebut)ことができます。それが次の第5条(法的推定を反証する可能性)です。
 加盟国は当事者のいずれもが第4条の法的推定に対して、司法ないし行政手続において反証する可能性を確保しなければなりません。デジタル労働プラットフォームの側が問題の契約関係を雇用関係ではないと主張する場合には、その挙証責任はデジタル労働プラットフォームの側にあります。そしてかかる手続が進行しているからといって、雇用関係であるという法的推定の適用が停止することはありません。これに対してプラットフォーム労働遂行者の側が問題の契約関係を雇用関係ではないと主張する場合には、デジタル労働プラットフォームは関係情報を提供することにより手続の解決を支援しなければなりません。
・アルゴリズム管理の規制
 本指令案のうち、プラットフォーム労働にとどまらない大きなインパクトを秘めているのが第3章(アルゴリズム管理)です。近年の人工知能(AI)の発展によって、採用から昇進、評価、退職に至るまで労務管理の広い分野にわたってアルゴリズムの活用が広がっています。この問題については、EUのAI規則案が昨2021年4月に提案されており、別途紹介もしています(「AI時代の労働法政策」『季刊労働法』275号)。本指令案はそのうちプラットフォーム労働に関して突出した形で法規制を提起していますが、同様の問題意識はプラットフォーム労働以外の労働者についても当てはまるところでしょう。とはいえ、ここでは指令案の文言に沿って見ていきます。
 まず第6条は自動的なモニタリングと意思決定システムの透明性について規定します。加盟国はデジタル労働プラットフォームがプラットフォーム労働者に対し、①電子的な手段によりプラットフォーム労働者の労働遂行を監視、監督、評価するために用いられる自動的なモニタリングシステムと、②プラットフォーム労働者の労働条件、とりわけ作業割当、報酬、労働安全衛生、労働時間、昇進、契約上の地位(アカウントの制限、停止、解除を含む)に重大な影響を与える決定をしたり支援するのに用いられる自動的な意思決定システム、について情報提供するよう求めなければなりません。
 提供すべき情報は、自動的なモニタリングシステムについては、①かかるシステムが用いられるか又は導入過程にあること、②かかるシステムにより監視、監督、評価される行動類型(サービス受領者による評価を含む)についてであり、自動的な意思決定システムについては、①かかるシステムが用いられるか又は導入過程にあること、②かかるシステムにより行われ又は支援される意思決定の類型、③かかるシステムが考慮に入れる主要なパラメータと、自動的意思決定システムにおけるかかる主要パラメータの相対的重要性(プラットフォーム労働者の個人データや行動がその意思決定に影響を及ぼす仕方を含む)、④プラットフォーム労働者のアカウントを制限、停止、解除したり、プラットフォーム労働者の遂行した労働への報酬の支払を拒否したり、プラットフォーム労働者の契約上の地位に関わる意思決定の根拠、です。デジタル労働プラットフォームは上記情報を電子媒体を含む文書の形で、遅くとも労働の開始日までに簡潔かつ分かりやすい文言で提供しなければなりません。この情報はプラットフォーム労働者の労働者代表や国内当局者にも要請に応じて提供されます。
 また、デジタル労働プラットフォームはプラットフォーム労働者に関する個人データのうち、両者間の契約の遂行に本質的に関係があり、厳密に必要なものでない限り、取り扱ってはなりません。とりわけ、①プラットフォーム労働者の感情的又は心理的な状態に関する個人データ、②プラットフォーム労働者の健康に関係する個人データ(一般データ保護規則による例外を除く)、③労働者代表との意見交換を含め、私的な会話に関する個人データ、を取り扱ってはならず、④プラットフォーム労働者が労働を遂行していない間に個人データを収集してはなりません。
 次の第7条は人間によるモニタリングの原則です。加盟国は、デジタル労働プラットフォームが定期的に労働条件に関する自動的なモニタリングと意思決定システムによってなされたり支援される個別の意思決定の影響をモニターし、評価するよう確保しなければなりません。労働安全衛生に関しても、デジタル労働プラットフォームは、①自動的なモニタリングと意思決定システムのプラットフォーム労働者の安全衛生に対するリスク、とりわけ作業関連事故や心理社会的、人間工学的リスクに関して評価し、②これらシステムの安全装置が作業環境の特徴的なリスクに照らして適切であるかを査定し、③適切な予防的、防護的措置を講じなければなりません。自動的なモニタリングと意思決定システムがプラットフォーム労働者に不当な圧力を加えたり、その心身の健康を損なうような使い方は許されません。加盟国はデジタル労働プラットフォームが上記個別の意思決定の影響をモニターするための十分な人員を確保するよう求めなければなりません。このモニタリングの任務を負った者は、必要な能力、訓練、権限を持たなければならず、自動的な意思決定を覆したことによって解雇、懲戒処分その他の不利益取扱いから保護されなければなりません。
 これとよく似た発想ですが、第8条は重大な意思決定の人間による再検討を要請しています。加盟国は、上述のプラットフォーム労働者の労働条件に重大な影響を与える自動的な意思決定システムによってなされたり支援されたいかなる意思決定についても、プラットフォーム労働者がデジタル労働プラットフォームから説明を受ける権利を確保し、特にデジタル労働プラットフォームがプラットフォーム労働者に対して当該意思決定に至る事実、状況及び理由を明らかにする窓口担当者を指名し、この窓口担当者が必要な能力、訓練、権限を有するようにしなければなりません。
 デジタル労働プラットフォームはプラットフォーム労働者に対し、そのアカウントを制限、停止、解除したり、プラットフォーム労働者の遂行した労働への報酬の支払を拒否したり、プラットフォーム労働者の契約上の地位に関わるいかなる自動的な意思決定システムによる意思決定についても、書面でその理由を通知しなければなりません。
 プラットフォーム労働者がその説明や書面による理由に納得しない場合や、その意思決定が自らの権利を侵害していると考える場合は、デジタル労働プラットフォームに対してその意思決定を再検討するよう要請する権利があります。デジタル労働プラットフォームはかかる要請に対し、遅滞なく一週間以内(中小零細企業は二週間以内)に実質的な回答をしなければなりません。その意思決定がプラットフォーム労働者の権利を侵害していた場合には、デジタル労働プラットフォームは遅滞なくその意思決定を是正しなければならず、それが不可能な場合には十分な補償をしなければなりません。
 第9条はプラットフォーム労働者の労働者代表への情報提供と協議を確認的に規定しています。その次の第10条は重要な規定で、以上第6条~第8条の諸規定は雇用関係を有するプラットフォーム労働者だけではなく、雇用関係のないプラットフォーム労働遂行者にも適用されます。これはもちろん、第4条の法的推定が第5条によって反証された純粋の個人請負業者ということになります。アルゴリズム管理の規制は、雇用労働者だけではなく自営業者についても適用すべき規制なのだということなのでしょう。ここは、厳密に言えば狭義の労働法の範囲を超えている部分だと言えます。
・その他の規定
 以上が本指令案の核心的な部分です。以下第4章(プラットフォーム労働の透明性)では、使用者たるデジタル労働プラットフォームが労働・社会保障当局にプラットフォーム労働を申告すべきこと(第11条)、プラットフォーム労働者数やその労働条件などの情報をこれら当局や労働者代表に提供すべきこと(第12条)を定めています。
 第5章(救済と執行)では、有効な紛争解決機関と権利侵害の場合の救済(第13条)、プラットフォーム労働遂行者のために活動する機関(第14条)、プラットフォーム労働遂行者のコミュニケーション・チャンネル(第15条)、証拠開示(第16条)、不利益取扱いからの保護(第17条)、解雇からの保護(第18条)、監督と罰則(第19条)などが規定されていますが、詳細は省略します。
 まだ指令案が提案されたばかりで、いつ指令として採択されるかは不明ですが、施行期日(正確に言えば国内法への転換期限)は公布の2年後なので、もし今年中に採択されれば施行は2024年ということになります。
 採択の見込みはどれくらいあるかですが、本指令案提案の数日前の11月29日、ベルギー、スペイン、ポルトガル、ドイツ、イタリアの労働相に加え、欧州労連事務局長、その他の国選出も含めた欧州議会議員らの連名による、フォン・デア・ライエン委員長宛の公開状が公表され、予定通りプラットフォーム労働指令案を提出するよう求めたことからすると、積極派の勢力はかなり大きいようです。EU労働立法には消極的な姿勢であったイギリスがEUを脱退してしまったことも考え合わせると、本指令案が採択される可能性はかなり高いようにも思われます。

 

2021年12月26日 (日)

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フィギュアスケートでよく使われるプッチーニのトゥーランドットの「トゥーラン」とは、汎ツラニズムの「トゥーラン」であったとは・・・

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1710402(今岡十一郎『ツラン民族運動とは何か』日本ツラン協会)

撮影時の悩みの種、“結露”を防ぐシリコンゴムでコートした発熱線を使用「EL」の約1.7倍のハイパワー仕様 Aquila レンズヒーターEH

来たる2022年1月21日-25日に、第118回労働政策フォーラム「副業について考える」を開催します。これは、川上淳之さんの『「副業」の研究――多様性がもたらす影響と可能性』が労働関係図書優秀賞を受賞したことを記念して行われるものです。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20220125/index.html


 

 

 

第117回労働政策フォーラム「多様な働き方を考える」の動画配信

去る11月26日の第117回労働政策フォーラム「多様な働き方を考える」の動画配信がyoutubeにアップされました。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20211126/video/index.html

hamachanブログ2021年ランキング発表

今年も年末が近づいてきたので、恒例のhamachanブログ今年のエントリPVランキングの発表を行います。

昨年は10位までのうち6つが「ジョブ型」ネタでしたが、今年は打って変わって、「ジョブ型」自体のネタは一つもなく、裏側から「メンバーシップ型」を論じたものが一つあるだけです。

まず1位は、10月の「自治体は雇用契約を結べないけれど、偽装請負だと雇用になってしまう件について」です、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-e1d197.html(ページビュー数:6,014)

これはある裁判例をめぐるやや専門的な話題なのですが、導入がちょうど話題になっていた増田で、なぜか結構受けたようなんです。

こういう増田が話題になっていて、

https://anond.hatelabo.jp/20211014160920(埼玉県ワクチン接種センターで働いていたのに労働者ではないと言われた話)

謝金扱いだから労働契約がないとのことだったが、時間や勤務場所が拘束されていること・この仕事をしろと指示されていることなどから、「使用従属関係」が発生するのではないか。

こういう応答がされているのですが、

https://anond.hatelabo.jp/20211015101356

自治体が人を雇う場合、一般的な雇用契約をすることができない。少し前までは曖昧にされてたが、総務省が古い解釈を今更示したせいで、一時的であれ短時間であれ、明確に公務員として任用せねばならなくなった。令和2年度4月から施行された会計年度任用職員てやつだ。

いや、それは教科書レベルの回答であって、も少しディープな話があるんだな。

確かに、使用者が労働者に指揮命令する雇用契約については、自治体は民法上の雇用契約を締結することはできず、正規であれ非正規であれ任用による公務員という形で使用しなければならない。それは確かなんですが、一方で、契約上は雇用契約じゃなく請負だの準委任だといった非雇用契約の形をとっていても、その実態が指揮命令していれば契約の文言に関わらず雇用とみなされるという法理もちゃんとある。問題は、これが自治体にも適用されるのか、それとして締結することはできない雇用契約が、偽装請負だという理由で結果的にできてしまうことがあるのか?という点にあるわけです。

そして、この点について「然り」と判断した裁判例がちゃんとあるのですよ。私が昨年6月に東大の労働判例研究会で評釈した浅口市事件判決です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-e462a4.html(浅口市事件評釈@東大労判) 

第2位は、あるtwitterが炎上した事件をつかまえて、そもそも論をぶってみた「セレブバイトと派遣法」ですが、派遣法が作られたのももう40年近く前になるという時代の流れを感じさせる話題でした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-64c70f.html(ページビュー数:5,976)

なにやら主婦の通訳がセレブバイトだったとかいう話が炎上しているようですが、実のところ、1985年に労働者派遣法ができた時に、相当程度虚構でありながら表面的に「専門業務」のポジティブリストだと言ってごまかしていた時の素材の一つが、この通訳とか秘書といったいかにも女性職っぽい専門職であったのですね。そして、表面のロジックでは専門職だから派遣でいいのだという議論の裏に、暗黙の裡に家計補助的な女性の仕事だから派遣でいいのだという隠れたロジックが潜んでいて、同じ年に男女均等法ができて女性の活躍という雰囲気がごくごくわずかながらちらりと顔を出しながら社会の大勢はなおほぼ完全に女性の役割はアシスタント役という風潮がどっぷりあるという時代の感覚の中で、何となくみんなを納得させていたわけです。

もちろん、当時も派遣の大部分は一般事務の普通のOLだったのであって、それをファイリングという職業分類表にもない専門業務をでっちあげてごまかしたのであって、セレブバイト云々はしょせんごく一部の話に過ぎないのですが、それでもマスコミが報道する際にはほぼ必ず、派遣は通訳や秘書のような専門業務であって云々と書かれていたのも確かです。この実態と言説のずれ自体が、この時期の意識のありようをよく示しているとも思えます。

このあたり、労働市場構造と社会のジェンダー構造の絡み合いと時代の推移によるその変貌の全てを踏まえながら議論しないと、ただ気に入らないのを殴り付けるだけの議論になりがちなのですが、うまく論じれば過去数十年くらいの日本社会の動きというものが浮かび上がってくる素材でもあります。

第3位はピケティがらみの「バラモン左翼と商売右翼への70年」ですが、もともと私がピケティのバラモン左翼論を紹介したのが2018年の4月でしたが、その後これが結構あちこちで人口に膾炙するようになりました。今年5月のこのエントリで紹介したのは、バラモン左翼の形成史を7枚のグラフで雄弁に物語ってくれる論文で、これが今年中に翻訳が出るはずだった彼の大著『資本とイデオロギー』の重要な一部なんですが、残念ながらまだ出てませんね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-3616d9.html(ページビュー数:5,785)

そのピケティが、今月3人の共著という形で、「Brahmin Left versus Merchant Right:Changing Political Cleavages in 21 Western Democracies, 1948-2020」という論文を公表しています。

https://wid.world/document/brahmin-left-versus-merchant-right-changing-political-cleavages-in-21-western-democracies-1948-2020-world-inequality-lab-wp-2021-15/

これ戦後70年間にわたるバラモン左翼の形成史を追ったものですが、事態を何よりも雄弁に物語ってくれるのが、表A10から表A16までの7枚のグラフです。

縦軸に所得をとり(上の方が高所得)、横軸に学歴をとると(右のほうが高学歴)、1950年代には右派政党は高学歴で高所得、左派政党は低学歴で低所得のところに集まっていました。

ところがそれから10年間ごとにみていくと、あれ不思議、右派政党はだんだん左側の低学歴のほうに、左派政党はだんだん右側の高学歴のほうにシフトしていき、

かくして、直近の2010年代には若干の例外を除き、どの国も右派は低学歴、左派は高学歴に移行してしまいました。

かくして、ピケティ言うところのバラモン左翼対商売右翼という70年前とはがらりと変わった政治イデオロギーの舞台装置が出来上がったわけです。 

第4位は、これはもう皆さん忘れている人も多いかも知れませんが、森元総理が女性蔑視発言をしたとして炎上した事件があったでしょう。世間の議論があまりにも表層的だったので、ちょいとばかり突っ込んでみたのがこの「森元首相発言の雇用システム論的理解」です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-4f081d.html(ページビュー数:5,161)

もう世間は「女性蔑視発言」で炎上しているわけですが、おそらく本人の主観的意図はそのようなものではなく、組織における意思決定機関と公式的には位置づけられている「会議」なるものにおける女性陣の行動様式に接してのものすごく率直な感想を述べただけだったのであろうと思われます。

これはもう昔から言い古されていることではありますが、日本的な組織においては、公式の組織規則でフォーマルな意思決定のためのものと位置づけらている「会議」っていうのは、実はそこで一から率直な意見の交換なんぞをする場所ではなく、実質的な意見のすり合わせというのはもっとインフォーマルな場で、多くの場合、5時以降の飲食を伴う場において行われ、そこでおおむねの合意が成り立ったうえで、最終的な確認のために昼間にフォーマルな会議を開くというパターンが多い、あるいは少なくとも多かった、わけです。「平場(ひらば)」なんていう言葉も、この日本的慣行を前提にしないと、どういう意味なのかさっぱり分からないでしょう。

で、森元首相は、こういう日本的慣行にどっぷりつかり、それに完全に適応する形で今まで来られた方なのであってみれば、「平場」でああだこうだと延々やらかす人々の行動様式に辟易していたのであろうことは想像に難くありません。

一方、かつては男性中心であった日本の組織も男女均等法以来徐々に女性が増え、フォーマルな意思決定機関である「会議」に出席する女性の数も増えてきましたが、女性はそもそもかつての5時から飲食を伴う場で実質的な意思決定というのとは縁遠いわけで、そんなこんなで日本の組織の「会議」のありようも、徐々に「平場」で議論が出るようになってきたわけで、おそらくそれはスポーツ界でも同様なんだと思われます。

その意味では今回の炎上発言は、確かに文字面では「女性蔑視」ではあるのですが、その一枚皮をめくると、むしろ平場での議論を嫌い、インフォーマルな場での意見調整を好む(かつての、あるいは今でも結構残っている)日本的な組織のありようと、そこに新参者として進出してきたためにそうした慣行に縁遠い女性陣たちとの文化摩擦の一帰結と評することが適切であるような気がします。

第5位の「典型的にメンバーシップ型の「退職処分」」は、転売をめぐるSNSへの書き込みで「退職処分」という意味不明の処分を受けた編集者の事件をネタに論じてみたものです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-c6384e.html(ページビュー数:3,721)

数日前からネット上で騒ぎになっていたようですが、『ホビージャパン』という雑誌の編集者がSNSで転売について書き込んだことが炎上したため、「退職処分」とやらになったようです。 

「退職処分」というのは意味不明ですが、「処分」というのは相手方の意思の如何を問わない一方的行為を指す言葉ですから、少なくとも本人の一方的意思に基づく辞職でもなければ、双方の意思の合致に基づく合意退職でもなく、会社側の一方的意思に基づく雇用終了である解雇であることは間違いなく、かつ「弊社社員のSNS等での不適切発言に関する社内処分」として、他の解雇以外の懲戒処分と並んでいることからも、(退職金の支給の如何といった非本質的なことに一切関わらず)これは懲戒解雇であることは明らかです。
そして、こういう会社外部での個人の言動が(他のいかなる根拠にもまして)懲戒解雇のもっともな対象になるということに、ジョブ型ではないメンバーシップ型の日本の姿が良く現われていると言えましょう。 

第6位の「勝谷誠彦氏死去で島田紳助暴行事件を思い出すなど」は、昨年も第5位でしたが、そもそもエントリ自体2018年のものであるだけでなく、このエントリ自体は勝谷勝彦氏の訃報に接して上げたものですが、その実質的中身は7年前の2014年に東大の労働判例研究会で報告したある事件の判決の評釈であり、さらに言えば、そこで問題となった事件は今から13年前の2008年に起きた事件なので、そういう意味では大変古い話ということもできますね。 それがこうしていつまでも読まれ続けているというのは、やはり島田紳助という特異なキャラクターのなせる業なのでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-dd55.html(ページビュー数:3,263)

ほとんど限りなく雑件です。
勝谷誠彦氏が死去したというニュースを見て、

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吉本興業で勝谷氏担当のマネージャーだった女性が島田紳助に暴行された事件の評釈をしたことがあったのを思い出しました。
これは、東大の労働判例研究会で報告はしたんですが、まあネタがネタでもあり、『ジュリスト』には載せなかったものです。
せっかくなので、追悼の気持ちを込めてお蔵出ししておきます。 

そして第7位も過年度エントリで、昨年に続いて今年もランクインした2016年の船員労働法関係の「1日14時間、週72時間の「上限」@船員法」。なぜこういうニッチな玄人向けのエントリが長年にわたって人気なのか、書いた私にも謎です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/11472-bfad.html(ページビュー数:2,496)

先日都内某所である方にお話ししたネタですが、どうもあんまり知られていなさそうなのでこちらでも書いておきます。といっても、六法全書を開ければ誰でも目に付く規定なんですが。 

第8位も過年度エントリなんですが、話は去年から今年にも続いているので、そういう意味ではアクチュアルではあります。首都圏青年ユニオンと紛らわしい首都圏青年ユニオン連合会という団体が、東京都労委からお前なんかまっとうな労働組合じゃねぇ!といわれた話です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-50e58d.html(ページビュー数:1,956)

昨日、東京都労委はグランティア事件という不当労働行為救済申し立て事案について、却下するという決定を下しましたが、その理由を見ると、そもそも申し立て組合つまり首都圏青年ユニオン連合会はまっとうな労働組合じゃないと一刀両断されていて、私の知る限りこういうケースって初めてなんじゃないでしょうか。 

労働組合の資格審査なんて、労働法の教科書ではどちらかというとあんまり力が入っていない部分ですよね。だいたい、不当労働行為事件で労働組合の適合性が問題になっても、「ここをちゃんと直してね」と親切に勧告して、規約を直してくればそれでOKというのが一般的なパタンなので、ここまではっきりと労組法第2条の要件を欠くから駄目じゃ!と蹴飛ばしたのはほとんど例がないと思います。
一体、そこまで駄目出しされた「組合」とはいかなるものなのか、有名な「首都圏青年ユニオン」じゃなくって、こちらの「首都圏青年ユニオン連合会」で検索してみると、・・・・・

 第9位は、これはまだ記憶に新しい事件ですね。例の呉座勇一さんがクローズのtwitter上で好ましからぬ発言を繰り返したということが世の多くの学識者の皆様から強烈に非難され、ついに無期契約の内定を取り消すという形で事実上の解雇処分を受けるに至った事件について、労働法的観点から若干のコメントをしたものです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-fa4a02.html(ページビュー数:1,803)

 一歴史好きの読者としても大変面白く読ませていただいた本の著者でもあるんですが、それはそれとして人間文化研究機構(国際日本文化研究センター)vs呉座勇一事件は有期雇用契約についての大変興味深い論点を提起しているように思われるので、こういう裁判沙汰をやっていると肝心の歴史の研究が進まないのかも知れませんが、それはそれとして是非徹底的に判決に至るところまでやり抜いていただきたいと切望しております。

今年10月から無期契約になると今年1月に決定を受けた有期契約労働者というのは、その間の期間は有期なのか無期なのか、有期であると同時に無期の内定状態でもあるのか、その間の期間に無期に転換するという決定を取り消されることはどういう法的な性質があるのか、単なる期待の消滅に過ぎないのか、それとも内定状態の無期契約の解除すなわち解雇であって、解雇権濫用法理の対象であるのか。うわぁ、これって、採用内定の法的性質の応用問題のようにも思われるのですが、皆さんどう考えますかね。

第10位は、これも過年度エントリで、しかも昨年はランクインしていないのに、今年は読まれたということで、私にもなぜかよくわかりません。中身は、割と単純な誤訳の指摘に過ぎないんですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/contractor-9595.html(ページビュー数:1,787 )

ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版に、英文記事の邦訳が載っていて、内容はなかなか興味深いのですが、タイトルが完璧に間違っているのでどうしようもない。
http://jp.wsj.com/articles/SB10663294989566513588704583403403159054028 (米国の契約社員、キャリアには遠い「二流」)
え!?アメリカに「契約社員」だって? 

・・・おいおい、それを「契約社員」という、法律用語ではないけれども労働関係ではもっともポピュラーな直接雇用有期契約労働者を指す日本語で呼ぶんじゃないよ。
無期契約労働者といえども解雇自由なアメリカでは、わざわざ期間を定めたれっきとした労働者を雇う意味はあんまりありません。有期だから斬りやすいわけではないとはいえ、雇用労働者としての労働者保護や社会保険負担はかかってくるので。なので、労働者じゃない個人請負にしたがるインセンティブが働くわけです。
そういう話を全部すっ飛ばして、いきなりタイトルから「契約社員」と言われたのでは情けなくって涙が出ます。

2021年12月25日 (土)

日経新聞「経済図書ベスト10」の第4位に

先日、『週刊東洋経済』でベスト経済・経営書の第2位に選んでいただいたところですが、本日の日経新聞読書欄で、「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10」の第4位に選ばれたようです。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO78742310U1A221C2MY6000/

拙著にコメントしていただいているのは昭和女子大副学長の八代尚宏さんで、

・・・「言葉の使い方の誤解を正すとともに、日本の企業別組合のパラドックスについて指摘しているのは貴重だ」と強く推した。

と述べられています。

ちなみに、第3位のズボフ『監視資本主義』は、今年9月に『労働新聞』で書評し、

https://www.rodo.co.jp/column/112340/

第6位のミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』は、来年早々に『労働新聞』に書評を書く予定です。

 

 

 

 

 

 

 

2021年12月24日 (金)

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山本陽大さんの『解雇の金銭解決制度に関する研究─その基礎と構造をめぐる日・独比較法的考察』(労働政策研究・研修機構)がクリスマスイブの日に上梓されました。

https://www.jil.go.jp/publication/sosho/dismissal/index.html

我が国における解雇の金銭解決制度の立法化をめぐる議論をドイツ法との比較で考察した学術的体系書
解雇の金銭解決制度というのは、どのような順序で、またどのような点に目配りをしながら議論すべきであるのか。制度導入をめぐる議論全体の"見取り図"を、主にドイツ法との比較検討から提示することを試みた1冊です。 

解雇に関する本は多いですが、意外にもその金銭解決制度について本格的に論じた本というのは、本書が嚆矢ではないでしょうか。

山本さんは土田道夫さんの下で「ドイツにおける解雇の金銭解決制度に関する研究」を『同志社法学』に書いたのが2010年で、2012年にJILPTに入ってからも、ドイツのさまざまな労働法政策の研究と並行して、報告書『ドイツにおける解雇の金銭解決制度―その法的構造と実態に関する調査研究』をまとめ、大内伸哉さんのプロジェクトに参加したりもしながら、博士論文を書き上げ、さらに加筆して本書となったわけで、中身は大変濃厚です。

序章
第1節 問題の所在
第2節 本書の構成
第1章 日本における政策・議論動向
第1節 序説
第2節 第一期:1975年~2000年代初頭
第3節 第二期:2001年~2003年
第4節 第三期:2004年~2007年
第5節 第四期:2012年~現在
第6節 小括
第2章 解雇規制の国際比較
第1節 序説
第2節 欧州諸国
第3節 アジア諸国
第4節 小括
第3章 ドイツ法における解雇の金銭解決
第1節 検討の順序
第2節 解雇規制の基本構造
第3節 解消判決制度(解雇制限法9条・10条)
第4節 解雇規制改革論:1970年代~2000年代初頭
第5節 解雇制限法1a条
第6節 裁判上の和解に基づく解雇の金銭解決
第7節 ドイツ法の総括
第4章 比較法的考察
第1節 解雇規制の基礎と構造
第2節 解雇の金銭解決制度をめぐる基礎理論
第3節 解雇の金銭解決制度の法的構造
第4節 集団的労使関係の位置付け
第5節 労働紛争解決システムとの関係
第6節 小括─ドイツ法からの示唆
終章
第1節 本書の要約
第2節 今後の研究課題 

何べんも推敲して出来上がった第3章は言うまでもありませんが、本書で注目したいものとしては、第1章の「日本における政策・議論動向」だけで50ページあり、ここをこれだけ的確にまとめたものも私の知る限りほかにないとおもぃますし、第2章の各国比較、第4章の比較法的考察も議論のレベルがすごいですよ。

ちょうどクリスマスイブにでたこともあり、年末年始のお供にちょうどいいのではないでしょうか。

 

 

 

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井手英策編『壁を壊すケア 「気にかけあう街」をつくる 』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b591588.html

ケアは福祉の専売特許じゃない。気にかけ、そばにいる。当たり前に「ケアしあえる街」を取り戻そうと、地域に根を張り、人と人とをつないだ「創造的壊し屋」たちがいた! 常識に敢然と立ち向かった九人の実践家、奮闘の記録。執筆=石井正宏、加藤忠相、櫻井みぎわ、武井瑞枝、名里晴美、馬場拓也、原美紀、藤田ほのみ、三浦知人。

この執筆者のメンツを見て、知っている人はほとんどいないでょう。それもそのはず、彼らはみんな福祉の現場で奮闘している人々なのです。

序 章 「気にかける」から始まる物語――言葉をほどき、現実をつむぎなおす……………井手英策(本書編者)
第1章 RE:care19――プラットフォーム化する地域密着型介護へ……………加藤忠相(株式会社あおいけあ代表取締役)
第2章 社会が若者を失うまえに――校内居場所カフェの実践から……………石井正宏(NPO法人パノラマ理事長)
第3章 この社会の片隅に――弁護士の仕事から見えてきたこと……………櫻井みぎわ(弁護士)
第4章 福祉行政における職員体制の機能とあり方――ソーシャルワークを実践するために……………武井瑞枝(東京都多摩児童相談所児童福祉司)
第5章 重い障害のある人が生きる街――贈り合い、受けとり合う……………名里晴美(社会福祉法人訪問の家理事長)
第6章 子育てスタート期の「ちょっと助けて」に手が出せる人を増やすケアの実践……………原 美紀(認定NPO法人びーのびーの事務局長)
第7章 一周遅れのトップランナー――「さくらもと共生のまちづくり」の四〇年……………三浦知人(社会福祉法人青丘社理事長)
第8章 お互いさまの支えあいで心豊かに暮らせる地域社会を作る――生活クラブ生協の実践……………藤田ほのみ(生活クラブ生活協同組合・神奈川前理事長)
第9章 壁と共に去りぬ――リアルとの同期に必要なこと……………馬場拓也(社会福祉法人愛川舜寿会常務理事)
終 章 壁を壊すケア――ソーシャルワークを地域にひらく……………井手英策 

本書は、全労済協会のベターライフ研究会の成果ですが、同協会の今までのいろんな研究会の成果物と一味違い、現場からのまなざしで貫かれています。

この中でも第4章の児童相談所の方の文章は、世のマスコミや評論家が、児童虐待事件があると「児相は何をやってんだ!」と𠮟りつけんばかりに騒ぐ、その児相の職員体制の実態をリアルに描き出しています。

内閣府に子ども家庭庁を作るとか作らないとか政治の方面ではかまびすしいですが、そういう上の組織いじりをやってる暇があれば、現場の体制をもっとしっかりしてくれよ、というのが本音なのだろうな、と感じます。

なお、井さんの序章の自分語りはこちらで試し読みできます。

https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/tachiyomi/0614920.pdf

2021年12月23日 (木)

ジョブ型の名付け親に聞く「欧米流雇用」の真実@週刊東洋経済Plus

週刊東洋経済Plusに、「ジョブ型の名付け親に聞く「欧米流雇用」の真実」というインタビュー記事が載っています。いくら口を酸っぱくしてもカエルのつらにしょんべんで、「ジョブ型こそこれからの新しい経営戦略でござ~い~」と喚き散らす一知半解のインチキジョブ型論者がはびこりつづけるので、こうしておんなじことを言い続けなければならなくなるのも、なかなか悲しいものがありますね。

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29219

――日本でもジョブ型雇用を導入したという企業が増えてきました。

十数年前に私が使い始めたジョブ型という言葉を、日本企業では実際は違う意味で使っている。(ネーミングの)知的財産権を主張するような話ではないが、何とも微妙な気持ちだ。

私が分類したのは雇用システムの話であって、(評価等を含む)人事制度の話ではなく、ましてや賃金制度の話でもない。けれども今、日本企業の多くがやろうとしているのは人事制度の話だ。場合によっては人事制度の全体像すら変えないまま、単に賃金制度だけを変えようとし、そこにジョブ型という名前を使っているだけに見える。

中身は欧米などで一般的なジョブ型とは違うので、その言葉を使うのならせめて「日本流」とか、「日本的」という冠をかぶせてもらわないと誤解を招く。

――欧米のジョブ型と、大半の日本企業がジョブ型と称している仕組みの違いを教えてください。

私が欧米で一般的な雇用制度をジョブ型と名付けたのは、初めにジョブ(職務)があるからだ。欧米では、企業は人の集まりではなく、ジョブの集まりであると考える。さまざまなジョブの椅子が並んでいるのが企業で、その椅子に座るのにふさわしい人をそこにあてはめるのが採用だ。これがジョブ型のイロハのイだ。・・・・・

ジョブ型とかメンバーシップ型というのは、経営戦略でもなければましてや人事戦術なんぞでもなく、現実に存在する雇用システムを(とりあえず価値中立的に)分類した学術的概念だと、百万回繰り返しても、世の中には全然伝わらないのは、たぶん世の中の多くの人々が、そんな事実認識の話なんか全然聞きたくもなくって、ただただ偉い教祖様からこれからどういう方向に行くべきかというご託宣を聞きたがっているだけなんだろうな、と思いながらも、それでも数少ないかも知れない、まともに物事考えようとする人々に何とか伝わるように、こうして賽の河原に石を積み続けています。

 

数学勢だけかとおもいきや、小学校算数勢だけだった話

まったくEUとも労働法とも関係ないけれども、世の中によくありがちな現象をいささか象徴的に示しているようで大変面白かったので

https://togetter.com/li/1819441("数学勢だけの習性のようです"(掛け算の順))

たぶん初めの人は、世の中はいささかおかしい「数学勢」とそれ以外すべてのまともな人からなると思い込んでいたようですが、実のところはむしろ、いささかおかしい「小学校算数勢」とそれ以外すべてのまともな人からなるというのが、より正確な病像であったということのようでありますね。

この話はもちろんこれだけの話なんですが、似たような状況は世の中のあちらこちらに結構転がっているような気がしないでもなく、威勢よく「ぼくのかんがえたさいきょうの」真理やら正義やらを振り回す前に、むこうが「数学勢」なんじゃなくって、こっちが「小学校算数勢」なんじゃないかと、ふと自省してみることも、それなりに意味のあることなのかもしれませんよ。

2021年12月22日 (水)

『団結と参加―労使関係法政策の近現代史』に突然書評が・・・・・

今年は9月の『ジョブ型雇用社会とは何か』に先立って、3月にはハードカバーの『団結と参加―労使関係法政策の近現代史』を刊行していたのですが、残念ながら労務屋さん以外にはブログで取り上げてくれる方はおらず、いささか寂しい思いをしていたのですが、なぜか年末も近づくこの頃になって、続々と(といっても2件だけですが)ブログの書評がアップされ、内心嬉しくてにやにやしています。

まず去る日曜日の12月19日、プレカリアートユニオンブログで書記長の稲葉一良さんが、「世界中の労働運動の変遷を 網羅的に学ぶことができる1冊」だとほめてくれました。

https://precariatunion.hateblo.jp/entry/2021/12/19/003657

当たり前のことですが、労働組合があるのは日本だけではありません。労働運動は世界中様々な国で、その国毎の発展を遂げ今日に至ります。『団結と参加 労使関係法政策の近現代史』は、労働政策研究・研修機構 研究所長である濱口桂一郎氏による1冊です。世界の様々な国の労働組合の成り立ちや変遷、そして現在に至るまでを網羅的に紹介しています。300頁強の本書ですが、内容は極めて濃密です。読み込むことで、世界の国々の労働運動の歴史と今について広く見識を得ることができる良書です。・・・ 

そしてその二日後の12月21日(昨日ですが)、労働法学者の大内伸哉さんが「労働組合の可能性」と題して、その内容の紹介とともに、イタリアの集団的労使関係についての見解を示しています。

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2021/12/post-b9c03e.html

濱口桂一郎さんから,『団結と参加―労使関係法政策の近現代史』(JILPT)をずいぶん前にいただいておりました。どうもありがとうございました。帯に書かれているように,世界中の集団的労使関係法制の歴史がコンパクトにまとめられていて,たいへん参考になります。これだけのものを,よくまとめられたなと驚きます。なんだか世界旅行しているような気分になります。日本のところで本土復帰前の沖縄のことも書かれていて,まったく知らなかったので勉強になりました(もちろん,このほかにも,知らなかったことは一杯書かれていましたが)。
 注目されるのは,「序章」にあった類型化です。・・・・・こうした分析には,まったく違和感はありません。問題は,ここから,どのような政策的インプリケーションを引き出すかです。産業民主主義は最終的には法によって確立すべきであると考えると,日本の状況は法の怠慢ということになりそうですが,私はそうは考えない立場です。 ・・・

amazonでは311,187位という、ほとんどロングテールの一番先っちょのはじっこみたいなみそっかす本ではありますが、でもこうして読んでくれる人はいるんだ、と勇気が湧いてくるような思いです。ありがとうございます。

(追記)

なお、これを見て『団結と参加』を買ってみようかと思われた方がおられれば、絶対にamazonで買ってはいけません。今年3月に出たばかりの本書は、定価: 3,850円(本体3,500円)なのに、amazonにはこれを¥5,795から果ては¥11,165で売りつけようと企むハイエナみたいな連中がうようよしています。こんな輩を野放しにしているamazonでは絶対に買わないでください。(以上追記終わり)

ちなみに、約5年前の2017年1月に出た『EUの労働法政策』についても、もうすぐ(来年の早いうちに)改訂版を出す予定です。この間、シフト制などの参考になる透明で予見可能な労働条件指令が成立し、最低賃金指令案が成立間近となり、さらにプラットフォーム指令案が提案されるなど、日本の労働法政策に参考になる新立法が続々と登場しつつあるので、ここらでそろそろまとめておこうと思っています。

 

 

2021年12月21日 (火)

募集情報提供事業への本格的な規制へ@WEB労政時報

WEB労政時報に「募集情報提供事業への本格的な規制へ」を寄稿しました。

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 去る12月8日、奇しくも大東亜戦争宣戦布告の80年目の日でしたが、厚生労働省の労働政策審議会は雇用仲介事業に関する制度の改正について建議を行いました。その内容は同審議会の職業安定分科会労働力需給制度部会(公労使各4名、部会長:山川隆一)が今年の8月から審議してまとめた報告書ですが、その前段階には今年1月から審議して7月に報告書をまとめた労働市場における雇用仲介のあり方に関する研究会(学識者7名、座長:鎌田耕一)があります。しかし、この問題を遡るともっと昔の話につながってきます。今回は、そういう歴史を概観しつつ、今回の建議の内容を吟味しておきましょう。
 まず、職業紹介事業以外の雇用仲介事業に対して労働行政が関心を寄せた出発点は・・・・・

 

 

2021年12月20日 (月)

なめらかな口どけ元祖生チョコ!バレンタイン ホワイトデー 母の日 クリスマス お年賀 にもどうぞ ロイズ (ROYCE) 生チョコレート シャンパン ピエールミニョン 20粒入

 本日発売の『週刊東洋経済』2021年12/25・2022年1/1新春合併特大号に「今だからこそ経済とビジネスの本質を学ぶ ベスト経済書・ 経営書 2021年ランキング」という記事が載っていまして、

https://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/

拙著が第2位にランクインしておりました。

「45歳定年制」は極論だけれど…@朝日記事に登場

本日の朝日新聞生活面の「「45歳定年制」は極論だけれど… 「キャリア考える節目に」 サントリーHD・新浪社長発言に反響」に、ちょびっと登場しています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15148182.html?iref=pc_ss_date_article

日本経済を再び成長させるため、定年を45歳に引き下げてはどうか――。サントリーホールディングスの新浪剛史社長が9月に発した提言に、いまだ賛否の声がやみません。近い将来に「45歳定年制」が実現すると思っている人はほとんどいませんが、これほど関心を集めたのはなぜでしょうか。(伊藤弘毅) 

登場するのは、発言主の新浪さんを始め、常見陽平、十倉経団連会長、桜田経済同友会代表、さらには故人の中西前経団連会長まで登場しますが、わたしの発言は:

ただ、こうした定年前倒しの議論は昔からあった。民主党政権下の12年、政府の会議で有識者が「40歳定年制」を提唱したこともある。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎所長は「この手の話は議論のきっかけにはなるが、結局先には進まなかった」と話す。大企業自身が、日本型雇用システムを「都合よく利用してきた」からだという。

企業は新卒一括採用を通じて若い労働力を確保し、定年まで簡単に解雇できないものの、会社の都合に合わせて配置転換や転勤を求めてきた。濱口氏は「経済界は今も日本型雇用にしがみついている」と語る。

若手の賃金は相対的に低く設定されてきた。経験を重ねて賃金が上がってきた段階で「定年」を持ち出すのは、都合が良すぎるのでは。そんな見方だ。

ですが、常見さんは最後にこう締めくくっています。

常見氏は新浪発言を「議論の発火点としてナイスだった」と評する。「発言を日本の『働き方見直し論』と捉えれば、日本型雇用の課題を解決していく良い機会になるのではないか」

 

 

 

2021年12月16日 (木)

大塚久雄著,小野塚知二編『共同体の基礎理論 他六篇』

大塚久雄著,小野塚知二編『共同体の基礎理論 他六篇』(岩波文庫)を、編者の小野塚さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b595687.html

それにしても、卒然と「いまどき大塚史学かい」と思ったあなた、その「いまどき」という言葉の裏にどういうあれこれがあるのかを、改めて考えてみるうえで、本書はとても有益です。素直に、大塚久雄の一言一句を読むための岩波文庫ではなく、いま、口先ではマルクス主義を奉じているふりをしつつも、封建制を経験しないアジア的生産様式が近代化なき産業化の道を驀進しつつある中国という大いなる大塚理論への反証が目の前にせり上がりつつあるこの21世紀の現代においてこそ、批判的眼差しを以てじっくりと読み返されるべき「名著」なのでしょう。

そして、本書の最大の読みどころは、40ページを超えるその「解説」の、とりわけ終りに近いあたりですので、推理小説の解説と違って、本書では解説を真っ先に読んでしまって構いません。そうしてから大塚の文章を読むと、おそらく素で読みだしたのとは違ったいろんな味わいが味わえます。

労働組合は「安い日本」を変えられるか?政労使に求められる現実解とは何か@『情報労連REPORT』12月号

『情報労連REPORT』12月号は「「安い日本」労組の力で転換を 」が特集で、そこにわたくしも「労働組合は「安い日本」を変えられるか?政労使に求められる現実解とは何か」というのを寄稿しております。

http://ictj-report.joho.or.jp/2112/sp01.html

「安い日本」の源流

最近、「安い日本」がホットな話題になっています。日経新聞の中藤玲記者が書いたそのものズバリの『安いニッポン──「価格」が示す停滞』(日経プレミアシリーズ)は、特にその第2章(人材の安い国)で年功序列(がもたらす初任給の低さ)や横並びの賃金交渉、さらには「ボイスを上げない日本人」に、低賃金の原因を求めています。その理路は相当程度同感できるものではあるのですが、実はそもそも、「安い日本」は経済界と労働界が共同して求め、実現してきたものではないのか、という疑問もあります。

今から30年前、昭和から平成に変わった頃の日本では(今では信じられないかもしれませんが)、「高い日本」が大問題であり、それを安くすることが労使共通の課題であったのです。1990年7月2日、連合の山岸会長と日経連の鈴木会長は連名で「内外価格差解消・物価引下げに関する要望」を出し、規制や税金の撤廃緩和等により物価を引き下げることで「真の豊かさ」を実現すべきと訴えていました。同日付の物価問題共同プロジェクト中間報告では、「労働組合は、職業人の顔とともに、消費者の顔をもつ」と言い、「労働組合自らが消費者意識を高め、消費者に対しては物価引下げに必要な消費者意識や消費者世論の喚起に努めるべき」とまで言っていたのです。消費者にとってうれしい「安い日本」は労働者にとってうれしくないものではないのか、という(労働組合本来の)疑問が呈されることはなかったようです。

マクロ経済面については、1993年8月の日経連内外価格差問題研究プロジェクト報告が、「物価引下げによる実質所得の向上は…商品購買力の高まりが生まれ…新商品開発、新産業分野への参入など積極的な行動が取れるようになり…経済成長を大いに刺激することになる」と論じていました。失われた30年のゼロ成長は、この論理回路が100%ウソであったことを立証しています。

それにしても、サービス経済化が進展し、労働への報酬がほぼサービス価格となるような経済構造に向かう中で、労働組合が(賃金引き上げを求める)労働者意識よりも(価格引き下げを求める)消費者意識に重点を置いてしまったら、賃金が上がらないのはあまりにも当然でした。サービス業において付加価値生産性とは概ねサービス労働者への賃金を意味しますから、これは日本経済における生産性の停滞を意味することになりました。そして、日経連報告とは逆に、賃金停滞による実質所得の停滞は成長しない経済をもたらし、欧米どころかアジア諸国よりも安い日本をもたらしたのです。

一斉値上げと独禁法

今必要なのは、30年前の間違った歯車をかみ合わせることでしょう。消費者も職業人の顔をもつのであり、消費者としてはうれしい低価格は職業人としてはうれしくない低賃金をもたらす元凶なのだから、安さばかりを追求すべきではない、働く人に適正な賃金が払われるように適正な対価を払うべき、と、消費者でもある労働者が声を上げなければならないのではないでしょうか。

とはいえ、実際の賃金決定の場面には、その企業の製品やサービスを購入する消費者がいるわけではありません。マクロ的には労働者≒消費者であっても、ミクロ的には労働者じゃない消費者なので、「そんなに賃金を上げたら価格が高くなって消費者に買ってもらえない。他社の商品やサービスに流れてしまう」という反論は厳然たる事実であり、あるべき論で突破できるものではありません。ではどうしようもないのか、といえば、だからこそ他社の商品やサービスに消費者が流れないように同業種が一斉に価格を引き上げるというのが唯一の道になります。ところがそれは、独占禁止法が禁止するカルテルであり、許されないのです。

労働者のカルテル

さあ困った。解決の道はないのでしょうか。実はあるのです。労働組合がほとんどすべて企業別組合である日本ではほとんど意識されることはありませんが、もともと労働組合とは同業種、同職種の労働者が企業を超えて労働の対価たる賃金率を決め、安売りをさせないことに源流があります。その意味では労働組合とは労働者のカルテルであり、それゆえ19世紀から20世紀初頭のアメリカでは、シャーマン反トラスト法によって労働組合が片っ端から摘発され、団体交渉が事実上違法化されたのです。これをひっくり返すためにアメリカ総同盟が掲げた標語が「労働は商品ではない」であったことを、日本の労働組合員たちはどこまで知っているでしょうか(濱口桂一郎・海老原嗣生『働き方改革の世界史』ちくま新書)。

今では、労働者の団結は摘発されることはありません。事業者がやれば違法になることを、労働組合であれば合法的にやれるのです。それを現にやっているのが、日本以外の先進諸国では一般的な産業別労働組合であり、産業別団体交渉です。個別企業を超えてある産業の中で働く労働者の労働の価格の最低限を決め、それ未満の低賃金を禁止することで、その賃金が払えないような企業が低価格で商品やサービスを販売することを不可能とし、それなりの高価格での商品やサービスの購入を消費者に受け入れてもらうという筋道です。労働組合が合法的なカルテルだからこそできるのです。

価格崩落の守護神

では、産業別交渉がほとんどなかった日本で、30年前まではどうして(当時は怨嗟の的であった)「高い日本」が実現できていたのでしょうか。恐らく公正取引委員会が極めて弱体で、通商産業省はじめとする事業官庁が音頭を取って事業団体による事実上のカルテルが横行していたからでしょう。そういうねじれた状態が解消してきたことは慶賀すべきことかもしれませんが、その代わりに価格の崩落を食い止める役割を果たすべき労働組合という名のカルテルが、残念ながら日本ではほとんど力を発揮することがありませんでした。あまつさえ自らの労働者としての意識よりも消費者意識の方を優先するかのようなことまでやっていたわけです。

もとより、いまさら公取が言うところの「独禁法冬の時代」を再現すべきなどという時代錯誤が通用するはずもありません。労働組合が、ただ労働組合だけが、価格の崩落を防ぐ守護神としての役割を果たせるのですから、その任務から逃げていては、労働組合としての存在意義が問われるでしょう。とはいえ、現に産業別交渉の土俵がかけらも存在しないところに、いきなりあるべき論を掲げて何かが動き出すわけでもありません。

産別最賃という武器

今手元にある武器を使って何ができるのかを考えると、政府の賃上げ要請と産業別最低賃金制度をうまく組み合わせて、バーチャルな産業別賃金交渉の場を作っていくことが考えられます。最低賃金といえば、ほぼパート、アルバイト向けの地域最低賃金ばかりが注目されますが、産業ごとの普通の労働者の最低限を定める産業別最低賃金(現在は特定最低賃金)こそ本来の労働組合の活動に密接につながるものです。残念ながら近年、地域最低賃金の上昇に埋もれる例が多いのですが、三者構成の地域最低賃金審議会で産業別最低賃金を決めることこそ、今日の日本に存在しうる産業別賃金交渉の場であり、いま求められるカルテル機能を発揮できる唯一の場でもあります。

ただ長らく経営側は産業別最低賃金に極めて消極的な姿勢をとり続けてきました。漫然と要求するだけではなかなか進まないでしょう。そこで、政府の賃上げ要求と結び付けるのです。個別企業相手に賃上げを求めている限り、組合であろうが政府であろうが、企業はそう簡単に言うことを聞くわけではありません。賃上げ分を税制で補塡するとしても、賃金を上げて売れなくなった企業を助けてくれるわけではないからです。土俵を個別企業から業界全体に変え、事業者同士ではできない賃金カルテルを、産業別最低賃金という立派な形でやれるように、それこそ政労使で話し合って仕組んでいくという智慧が、いま求められているように思われます。

 

 

 

2021年12月15日 (水)

週刊東洋経済ネット版「ジョブ型雇用を問う」に登場

週刊東洋経済がネット版で「ジョブ型雇用を問う」という特集をしていて、そこにわたくしも登場しています。

https://toyokeizai.net/articles/-/476497(日本の「ジョブ型雇用」はここが間違っている 日本企業の間でブーム、欧米流働き方の光と影)

フジテレビと博報堂、三菱ケミカル、それに味の素――。
大手企業の間でここ2年の間、共通した動きがあった。それは50歳以上を対象とする希望退職を募ったことだ。日本では今、こうした人員整理が目立っている。
欧米で採用されている「ジョブ型」と呼ばれる雇用形態のもとでは、このような形での退職募集は通常考えられない。大した仕事ができないまま歳を重ねても、日本のように年齢をもとに退職を請われることはない。 

わたしのいいたいことは最後の方に出てきます。

 欧米のジョブ型雇用では働きぶりや能力評価といった曖昧なものではなく、公的な資格がモノをいう。会社で上の職務に就くには、自分の実力を客観的に証明する資格を取り、それを武器に上の職務の公募に手を挙げる方法が一般的だ。だが、資格があるからといって必ずしも実務で「使えるヤツ」なのかと言えば、そうとも限らない。逆もまたしかりだ。
 濱口氏によると、そのためか、欧米では旧来の日本型雇用のような要素を少し採り入れる動きも出てきているという。「パフォーマンスペイ」と称し、仕事の成果も評価して報酬を決める傾向が以前と比べれば強まってきたという。
 濱口氏は「欧米のジョブ型雇用はかなり合理的で公平性を第一にしているが、そこで測れない指標が抜け落ちてしまっている。向こうではそこへの問題意識が出てきている」と指摘したうえで、「どの雇用制度が正解と言うつもりはない。日本企業がこれまでの賃金処遇制度に問題意識を持ち、何とかしようとして新たな人事制度を採り入れようとしていること自体は理解できる。ただ、制度の違いや中身を本質的によく理解したうえで考えるべきだ」と話す。
 ジョブ型雇用は職務が固定化され、専門性が高まる一方、「つぶし」が利かなくなる一面を持つ。その職務がAI(人工知能)に取って代わられたりして、消えてなくなる可能性も否定できない。雇用の大転換期にある今、働く側が身の振り方を主体的に考えることが重要になる。

なお、このほかに冨山和彦さん、東レの日覺社長も登場しています。

冨山さんは例によって、卒業したとたんに全部忘れろといわれて平気な文系の大学教育に攻撃の矢を放ちます。

――冨山さんはかねて、アカデミズムを教える大学は東京大学など一部に絞り、あとの大学は実学重視に変えるべきと提言されてきました。

それで私は「大学教育の敵」というレッテルを貼られている。私の提言に怒り狂っていたのが特に一流大学の文系の教授たち。なぜなら自分たちの仕事がなくなるのが心配だから。

日本でも経済学部なら経済論を教える以前に簿記や会計ソフトを教えたほうがいい。簿記2級取得講座を作って、2級の資格を取れたら単位を付与してもいいと思う。しかし、そういうふうに変えることは(教育現場が)抵抗するので、学生は自分で考えて動くしかない。

一方、日覺社長は断固としてメンバーシップ型を擁護します。

――ジョブ型で社員を育成していくのは難しいのでしょうか。

ジョブ型だと、社員は他の人に仕事を教えない。私はアメリカとフランスに10年いて、それを嫌というほど経験している。

アメリカにいたとき、若い人たちにもこうやって教えたらいいよと仕事の仕方をメモに書いて社員に渡したら、後でそれがゴミ箱に捨てられていたこともあった。ジョブ型では、若い人たちに自分が知っているやり方を教えて、彼らが同じレベルのことができるようになったら、いつか自分の椅子(職務)が奪われるかもしれないと考えてしまう。だから絶対に他の人に仕事は教えない。あれには驚いた。

全部通読するとなかなか面白いです。

 

雇用調整助成金と小学校休業等対応助成金とは趣旨が違う件について

政治家事務所が雇用調整助成金を受給していたことが炎上した問題が、小学校休業等対応助成金にまで延焼しているようですが、

https://mainichi.jp/articles/20211214/k00/00m/010/297000c(立憲・阿部知子氏と岡本章子氏の団体がコロナ助成金受給 返金へ)

 立憲民主党は14日夜、同党の阿部知子衆院議員(神奈川12区)と岡本章子衆院議員(比例東北ブロック)がそれぞれ代表を務める同党支部が2020年に新型コロナウイルスによる臨時休校対策の助成金をそれぞれ受け取っていたと発表した。
 阿部氏の団体が約24万円、岡本氏の団体が約3万円を受給した。両氏とも返金する意向。同党の調査で判明し、西村智奈美幹事長は「政治団体の受給は国民の誤解を招きかねず、返金する」と述べた。新型コロナウイルス対策の雇用調整助成金を受け取った議員はいなかったという。

なんだか、助成金制度一つ一つの性格付けが何なのかという基本認識をすっ飛ばしたまま、情緒的な議論ばかりが燃え上がっているようですが、こういうときこそしっかり理屈を腑分けしておかなければなりません。

まず、どちらも制度上は政治家の団体が受給することは違法ではありません。政治団体を適用除外していないからです。ただ、それぞれの制度の趣旨目的を考えると、両者には明らかな違いがあります。

雇用調整助成金はもともと石油ショック時に、そういう経済社会的な外的なショックによる労働需要の激減に対処するためにも受けられたもので、それゆえ創設時から2000年までは業種指定を前提とした制度でした。2001年改正で業種指定はなくなり、個々の企業毎に経営状況が悪化すれば対象になるようになりましたが、それでも大元の雇用保険法62条にははっきりこう書かれています。

(雇用安定事業)
第六十二条 政府は、被保険者、被保険者であつた者及び被保険者になろうとする者(以下この章において「被保険者等」という。)に関し、失業の予防、雇用状態の是正、雇用機会の増大その他雇用の安定を図るため、雇用安定事業として、次の事業を行うことができる。
 景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合において、労働者を休業させる事業主その他労働者の雇用の安定を図るために必要な措置を講ずる事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこと。

支給要領の形式的な文言からは受給できるけれども、大元の制度の趣旨からしたら、政治家の事務所がもらうのはおかしいやろ、という話なのです。

それに対して、小学校休業等対応助成金の方は、周知の通り、安倍前前首相が突如全国の学校の休校を宣言したため、子どもを学校に預けて働いていた親である労働者が休まざるを得なくなったことに起因するものであって、まさに制度の趣旨からして、どんな事業であろうがなかろうが、およそ子どもを小学校に通わせて働いている親たる労働者を雇用している限り本来対象となるべきものですし、その直後にはフリーランス向けの制度も作られています。

ほんとは新聞記者もこれくらいのことは弁えて記事を書いて欲しいところです。

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『季刊労働法』2021年冬号は、数日前に紹介したとおり、「AIと労働法」が特集で、わたくしも「AI 時代の労働法政策」を寄稿していますが、なんといっても巻頭に34ページにわたって掲載されている

AI 技術の労働分野への応用と法的課題―現状の技術水準と将来の展望を踏まえて―
NTT 社会情報研究所 亀石 久美子 池田 美穂 下條 秋太郎 折目 吉範
情報通信総合研究所・同志社大学 岡村 優希

が、実際にAIがどのように活用されているのかが詳しく解説されていて、なかなか労働法雑誌では読めないようなものです。

また、後藤究さんの「なぜ、「経済法」による保護なのか?―フリーランスガイドライン等の近時の政策文書への疑問として―」は、わたしが「フリーランスと団体交渉」で提起した疑問を大きく取り上げて、しかも経済法の土俵に入りこんでいって、そもそもフリーランスを経済法上の『事業者』と言えるのか?とか、経済法の保護の対象にするにしても「事業者」としなくてもいいのではないか、とか、大胆な提議を試みています。こういうのが本当の意味での領域横断的というのではないか、と感嘆しました。

 

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